キンモクセイ
港南区、栄区、磯子区、横浜のこっち側一帯ではキンモクセイの香りが冴えませんでした。理由はわかりません。とても夏らしい夏からいい具合に秋へと移行したのに、なぜなんでしょうかねえ。
木には例年通り、盛大に花が付いています。しかしすでに、見上げている自分に濃い香りは降ってきません。それよりも隣りに生えているイチョウから落ちたの実が踏み潰されて、そっちの匂いが満ちていました。キンモクセイ、キョウチクトウ、クチナシ、これら芳香植物は地域一帯である日一斉に開花し、咲き初めに華やかなるトップノートを発散するという性質があります。 その後は数日でミドルノートからベースノートの人には察知できない微香となってゆく。これらの花は比較的長く咲き続けて、常連客、リピーターの虫たちが受粉の手助けをしてくれるというシステムです。つまり最初の強烈な香りは、期間限定レストランのオープンセレモニーに鳴り響く、ファンファーレのようなものなのでしょう。
なぜ今年は、住宅地から公園から商店街の通りから、うちの店の中にまで入ってくる、あのうっとりとする香りが届かなかったのか。つらつら想像するに、開花のタイミングに水を差されたのかもしれません。たまたま気温が急降下して一斉開花できなかったのか、あるいは土砂降りが香り成分を洗い流してしまったのか。
まあそんな年もあります。果樹にしろ花木にしろ当たり外れはあるもので、大した問題ではない、というかそれは普通の出来事。植物の営みとは全くもってそういうことで、オープンセレモニーの失敗により集客率が落ちたら、きっとその経験が幹から根っこに記憶され、来年はより多くの花と強い香りが準備されます。運がいいとか悪いとか人は時々口にするけど、植物たちは危機に対して寡黙に、いつも運命を丸々受け入れひたすら次なる道を模索する生物。地球上で最も繁栄している彼らの対応から、ぼくらが学ぶべきことは限りなし。
当たりもあれば外れることもある。必ずいろいろ起こります。自然災害、戦、疫病、水不足、豪雪・豪雨、事故や事件も。有史以来ただの一度も平安な年などなかったわけで、その危機にどう対処しながら花咲く幸福を実現するかが暮らしなんですよと、教えられているような気がして。例えばですけど、安全に、安心に、波風立たない日々を送る家庭は幸せでしょうか。いやいや、そもそもそんな家族は実在するのでしょうか。NO ですよね。不安があるから頑張る。楽しみたいから笑顔で暮らす。家族を愛し、仕事に励み、エンドレスの人生ゲームを続ける者に花が咲くのだ。
と、ここで人生ゲームの必勝法を伝授いたしましょう。庭ですよ庭。庭で感じる自然の営みに従えば、大きく転けることなく上がりまで行けます。間違いない。これは逆に考えればわかることで、カーテンを開けずに、庭を楽しむことなく暮らしていたら、誰だってどっかしら具合が悪くなってきます。お天道様に背を向けた不自然な暮らしでは、犬も食わない出来事ですら、人生の崖っぷちにまで追い込まれてしまいます。庭なんてどうでもいいや、そこそこでいいや、などと思ってはいけない。ほんとに、庭は苦難を跳ね除け幸福へと至るために欠かせない、重大にして大切な場所なのです。