風の歌を聴け 成長の跡
庭の打ち合わせで訪問したお宅の玄関先に、鉢植えのサボテンがありました。小さな鉢とは不釣り合いに、大きく育っているサボテンはいかにも根が詰まって苦しそう。奥様によれば、買った時は親指ほどだったのが、10年でこんなに育ったとのこと。その間植え替えはしていないそうで、もしよかったら、とお節介。植え替えついでに、ペイントをした鉢を使い多肉を添えるアレンジをさせてもらいました。
まず根本を掘ってみたら案の定、根っこがぎっしりでほんの小さな余地もない状態。不思議だったのは土がない。全部根っこ。根は土を、鉢底の穴から追い出しながらスペースを確保して増えるようです。アンタよく生きていたねえって、サボくんに声をかけて作業を開始。
そのご家庭は小学生になったお兄ちゃんと、まだ入学前の弟君がいて、二人ともお茶目で元気いっぱい、いい具合に育っています。考えたら奥様は独身時代に購入した小さなサボテンを、結婚と、2度の出産と、何度かの引っ越しを経た今日まで枯らすことなく、手放さずに暮らしてきたわけです。間違っても傷めてはならん、棘の一本も折ってはならんと、作業は爆発物処理班の如く慎重に。
太く育った幹には年輪のように成長の跡が見えます。スッゲー!積み重なってきた時間を早回しで見るようで感動的でした。
多肉の類いは案外気難しくて、「サボテンすら枯らしてしまう」というガーデニングの苦手さをアピールする言い方は違っており、実際にはサボテンを枯らさない人が上級者なのです。コツとしては、こちらのご夫婦が見事に成功させている子育てと同じで、目をかけつつ、手をかけすぎないこと。一見放ったらかし、しかし毎日気にかけて、日当たりや風通しなどの環境は整えておく
新築のひとつ屋根の下で、年若いご夫婦は穏やかに、にこやかに、真面目に、幸福の追求に意欲的な暮らしを送っています。全くもって尊敬に値します。昭和時代には見かけなかった、どこか植物的な夫婦像で、理想の人生に向かう姿勢は自然体、決して力んだりガツガツすることがない。これが今風なんでしょうねえ。おふたり揃って庭へのイマジネーションもしっかりしていて、コンセプトは家族で過ごす外の部屋。横浜にまたひとつ、笑顔が溢れる庭が誕生します。
何度かの変更設計を経てプランが完成し、現在せっせと施行中。月末頃に行う仕上げの植栽では、時間が経つほどに充実の人生が刻まれてゆく、そんなイメージで植物を配します。
賢く暮らすこと、賢い夫婦でいること、賢く人生を築いてゆく方法を、学校では教えてくれない。親から学ぶ事柄です。ぼくらのように賢くない夫婦であっても、子供はそれを反面教師として育ってくれるありがたさよ。反面教師ですから教師を名乗れる立場ではないながら、気がつけば見事な家庭を築いてくれた娘と息子への感謝と共に、その幸運なる展開のコツはと問われれば、やはりそう、目をかけつつ手をかけないこと。一見放ったらかし、しかし毎日気にかけて、日当たりや風通しなどの環境は整えておくこと。
1997年(平成9年)のテレビドラマ『ひとつ屋根の下』の主題歌は別れと悔やみの歌でした。枯らさなければその花の大切さに気づかない、失わなければ穏やかな日々の大切さに気づかない、泣き暮らさなければ笑顔の大切さに気づかない、それは昭和から平成時代にあった悪しき慣わし。今時は違います。人生咲いた者勝ちなんだから、毎日を仲良く、楽しく、ひたすらに咲きましょうぜ愛する相棒よ、というのが理想の夫婦なり。いやはやまったく歳をとるほどに、絶え間なく降り注ぐ雪のように、若いお客様から学ぶことが多いなあ。
肉食獣から草食系、さらには植物的な幸福感へと移行する、それが風の時代の家庭像。