トルコでは常に1952年だったし、マレーシアは1935年だった。アフガニスタンは1910年で、ボリビアは1949年だった。ソビエトは20年前で、ノルウェーは10年前で、フランスは5年前だ。オーストラリアはいつも去年で、日本は来週だ。
ポール・セローの言葉
日がな庭で過ごした休日。
草取り、剪定、花殻摘み、ビール、昼寝、読書。
記憶中枢に春の花が咲いたのです。
その花を次の仮想庭に移植して、
設計設計また設計。
アメリカの小説家で紀行作家、ポール・セローの言葉です。数年ぶりにラジオに復活したロバート・ハリスが、番組内でさらっと紹介していました。解説や感想抜きで、コーナーの終わりにただ読み上げられた一文に目から鱗が落ちた思いで、慌ててメモメモ。
ぼくら世代は前を行く団塊世代が華々しく記していった価値観に従って、反体制、ぶち壊せ、未来を創造せよ、夢を追えというような青年左翼な思想というか、呪縛というかにがんじがらめだったのではないかと、ふとそんなことを思ったのです。未来だ、未来だ、未来にこそ価値があるのであって、昨日を振り返るなんぞはヘタレの所業なり。過去にしがみついて何になる。青年よ荒野を目指すのだ、と。
違ってたのかもしれませんね。ヨーロッパでは古い家具や食器を自慢する。庭もそうで、曽おじいさんの時代から手入れを繰り返して、そこには恋愛や決闘や、笑いあり涙なりの歴史が染み込んでいる。住人が代わっても引き継がれる物語があり、何人かの悪魔や天使や精霊が棲みついていて当たり前、という、分厚く過去が積み重なった場所が庭なのです。
過去がまだ浅いアメリカ国に支配された弊害か、焼け野原からの復興に懸命になるあまりだったのか。いやはや、だから皆さん庭スペースを扱いかねているのかも。今日、淡々と庭の手入れをすることが明日には過去となり、昨日の作業の充実感が残る風景にまたもや今日の花が咲く、その繰り返しが日常の庭。だから今日も雑草を抜き、バラを誘引し、乾いた鉢に水を満たす。次は何を植えるかを、その時だけは未来を思い描きつつ今日の思案をする。その一連が明日には生き生きとした暮らしの背景となり、幸福を紡ぐ舞台となる。
遥か時を遡って縄文から江戸時代後期辺りまで、まだ庶民の暮らしに庭(家庭の庭)という概念が存在していなかった頃には、皮肉なことに豊かな庭が存在していました。そこでは家族が集って焚火をし、かまどがあり、野菜を育て、家畜を飼い、先祖に手向ける花を育てていたのですから。そう思えばですよ、過去を敵に回すより、過去と共に、過去の上に今日を積んでゆく方が本当は日本人らしい暮らし方なのだと思います。
田中邦衛さん、老衰。見事ですよね、今時老衰だなんて。磯子台にあるご自宅を「青大将はここにお住まいなんだなあ」と何度か覗き見したものです。芸能人の家らしく高い塀で囲まれていて全貌は見えなかったものの、いつもきれいに掃き清められていた花咲く玄関先と、塀越しに、手入れが行き届いて生き生きとしている木々が印象的でした。今うちの店が入っているロイヤルホームセンターがビッグサムだった頃、何度か園芸売り場でお見かけしました。そのお姿は青大将でも黒板五郎でもなく、背筋がスッと伸びた、穏やかな表情で売り場の花を愛でる、横浜在住のジェントルなおじさんでした。
トルコでは常に1952年だったし マレーシアは1935年だった
アフガニスタンは1910年で ボリビアは1949年だった
ソビエトは20年前で ノルウェーは10年前で フランスは5年前だ
オーストラリアはいつも去年で 日本は来週だ
理想の庭は 昨日が積み重なった今日の庭
アンダルシアの虹 ウブドの夕暮れ 越後駒ヶ岳の夜明け
たくさん失敗をして山ほどの後悔もあるが 過去自慢なら負けないよ
青年よ、荒野を目指すのは素晴らしいことだが、どうか過去を大切に。つまりはきちっと、今日を大切に。でないと荒野にうろついている毒蛇やサーベルタイガーにやられちゃうぜ。くれぐれも、くれぐれも、今日の庭、今日の家庭を大切に。人生そうそう甘くはない。何度か不本意にも旅立たなければならない時が来るが、今日が、今隣りにいる人と育む愛情だけが路銀の六文銭となるのだから。