庭の書斎で過ごす日常。帰宅するとすぐに庭へ出て蚊取り線香をポキッと5センチほどに折って着火。室内に戻って、待ちわびている犬と猫とトロピカルフィッシュにおやつをあげて、着替えをし、再び庭へ行き、洗濯物を取り込んだり芝生の水やりをしてからまた室内に。冷蔵庫からビールを取り出し、パソコンと読みかけの本を携えて庭へ。365日ほぼこの行動の繰り返しで、その後に夕飯を挟んで至福の庭時間が始まるのです。
蚊はいないんですか?暑くないんですか?冬もですか?この質問にはあまりに繰り返し同じ答えを返しているので、すでに会話ではなく呼吸の一回に過ぎなくなっていて、だからでしょうか、返事を受け取った相手の反応は薄い。へえ〜変わってんだこの人、なのか、私には無縁の世界だ、なのか、その真意もまた呼吸の一回で吐き出され千の風と消えてゆく。
線状降水帯なる新たな気象警告用語、いきなり有用な、声に出したい日本語となりました。それと引き換えに梅雨や夕立の情緒が消えてゆく。何事も入れ替わりながら消えてゆく。それにしてもこの被害は、気候変動に関する数値を見ればまだほんの序の口であるのだから恐ろしい。もう危険地帯に家を構えることは、暮らしの根幹を「運を天に任せる」こととなってしまう。だからどうすればいいのか、だったらどうしたらいいのか。慎重に、正当に危険を予知すれば、およそ日本中の住居が危険地帯にあるわけで、それは日本中の人が一人残らずコロナに感染する危険性の中で暮らしているのと同じこと。結局は運を天に任せつつ、用心深く生活するしかないのです。
ところで、地球の総水分量は人類がまだ猿以前の、ネズミ以前の、トカゲ以前の、カンブリア紀に海中で蠢いていた三つ目のシーラカンスか色鮮やかなナマコか、そういう姿だった時からほんの少しも変わっていないそうです。限られた水分が海から蒸発して雲になって、雨になって、地下水や川の流れになってまた海への繰り返しで、一滴も宇宙空間に散らばることなく循環している。循環しながら一部が植物を成長させ、動物の血液やオシッコになり、それがまた浄化されて循環が続く。奇跡とはこのことだ。
何億年も変わることなく続いてきたその雄大な循環に比して、さて我々の思考のいかに弱っちいことか。ぼくは庭で過ごすことが習慣化していなかった頃、繰り返しそう思ったものです。それがこの頃では、カンブリアの海にいた三つ目のシーラカンスも、その時点では弱っちく怯えたり、クヨクヨしたりしていたに違いない。恐怖や後悔、その弱さが適応につながって、進化しながら今現在生息中であるヒトやゴキブリへと命を繋いできたのであると。
弱いから怯え、弱いから身を寄せ合い、弱いから知恵が出て、弱いから生きるのに懸命になる。造物主はそういうタチの生き物によって生態系システムを完成させている。だから種には団結と知恵と、そして愛情があるのでしょう。サピエンスは団結と、知恵と、愛情によって、その弱々生物の長に君臨した。ただしその地位は儚いもので、自然界からのちょっとしたお仕置きでボロボロに傷つき、団結が弱まり、知恵が出なくなる。このままでは、ついには愛情が失われるかもしれない。戦争がそうだったように。
祈りの季節、やや強めに義務感を課すやり方で自分をコントロールして、できるだけ多くの戦争に関する番組を録画し、睡眠時間を減らしながら消化してゆくここ数日。やれやれ、なんでこんな苦行を始めてしまったのか。最初ははっとするが、その後はひたすらに気が滅入るばかりで、気が滅入っているのに、戦争を知らない子どもたちがもっと戦争を知らない子どもや孫に語り継ぐことなど、誰が好き好んでそんなことを・・・無理でしょ、と思ってしまう体たらく。
そして目が冴えて、庭に出る。すぐに気持ちが落ち着いてきて、つまりヒトが人間じゃなくなると、どこにも悪者がいない状態で全員が悪者になってしまうのだ、と一応の決着がついて、さて、では、どうすれば。運を天に任せて慎重に、集団狂気に感染せぬように暮らすしかないのだと。団結しながらひとりの自分を大切に、見失うことなく暮らすのだ、と。だから庭で過ごす時間が必要なのであると思いながら、日の出がずいぶんと遅くなった庭の書斎でこれを書きながら、猫と二人で朝を待つのでありました。
朝がくれば、また店へ行き、人と会い、話すことで心の光合成が促進されて、感動のいち日に仕上がってゆくに違いない。それは得意技。そして夜になったらまた庭に出て、蚊取り線香に着火して、ひとりの自分の命の蝋燭にも着火して、まずは静かに、やがてメラメラと眩しい燃焼が始まるまで時を過ごすのです。あ、録画しといた戦争系はもういいかな。それよりもチコちゃんに叱られながら今日を大切に、慎重に、丁寧に、運を天に任せつつ。
庭ですよ庭、これからますます庭が威力を発揮しっます。っていうかそうなってほしい。あなた自身と、あなたの家庭と世界の平和が、少しでも、せめてあなたの命が燃え尽きるまで続くために。それができれば任務は完了です。