狭い庭をデザインするの巻(港南区・澤田邸)
どんなに狭くても、そこに庭を出現させることは可能です。
爽やかに晴れたある日の午後、港南台店に、イングリッド・バーグマン似のこの上なく上品な雰囲気を醸し出した奥様がご来店くださいました。小さな店内にところ狭しと貼ってある庭の写真に見入りながら、ため息まじりに「広いお庭はいいわよねえ~」と。
ぼくはハンフリー・ボガート演じるフリップ・マーロウ張りにニヤッとして「狭くたって大丈夫ですよ。リビングからお隣との境界までどのくらいの幅がありますか?」と尋ねたところ、出幅が2mくらいで日当りも悪く、そこは狭くて何にもできないし、でもリビングからお隣の家の壁を眺めながら暮らすのがつまらないなあと、家を建ててからずっとそう思っているとのこと。我が意を得たりです。ぼくは紙を取り出して、何をどう考えてどう組み立てればそこが素晴らしい庭になるのかをお話ししながらラフプランを描きました。
話を進めるうちに、バーグマンの顔が輝いていくことがわかりました。「何だか楽しくなって来ちゃった」と話して帰宅されたその方から後日設計依頼の連絡が入り、ぼくは意気揚々と現地へ。
ピンポーン!
出て来た奥様はご来店時よりも大きく笑っていました。笑いながら「ごめんなさい。境界まで2メートルって言ったんですけど、測ったら80センチでした」と。・・・ふたりで爆笑。リビングの外を拝見すると、確かにそこは出幅2メートルではなくて80センチです。
ぼくは店で希望に満ちた解説をし、奥様がよろこんで聴き入ってくださった、そのシーンを思い出しつつ言いました。「それでも大丈夫!どんなに狭くても、その条件下で最良の選択を積み重ねてゆけば素敵な庭は実現します」、そう言っている自分に「おいおい」と軽くツッコミを入れながら、なんだか楽しくなっている自分がいます。まず「大丈夫!お任せください」と伝えて後で悩む、これまでそんなことの繰り返しで、その度に新たなアイデアや考え方が身についてきたので、巷間言われる根拠の無い自信の根拠が内心に育っているのです。
それにしても2メートルが80センチとは・・・。でも、そんなもんかもしれないなあって思いました。ぼくは仕事ですから、庭をひと目見てその広さをほぼ正確に把握することができます。でも一般の人たちにとって風景を数値化するなんて、まずそんな機会はありませんからね。
しかし・・・それにしても・・・それにしても・・・ああそれにしても・・・。結果的に、もちろんそこは素敵な庭になりました。いわふち史上最狭の庭。
お隣さんちとの80センチの庭スペース(隙間)を見つめながら、ぼくはスケッチブックを取り出して、また解説をしつつラフを。描きつつ自分の思考も行きつ戻りつ整理しながら。
最初は何だか申し訳なさそうな顔をしていた奥様の表情が、再び輝き出し、おお、バーグマンの微笑み、ニコニコしながら「ついでにカーポートと、あと和室の前も何とかなりませんかね。どこかに木も植えたいし」と、追加の注文をしてくださいました。ぼくの方こそ申し訳ないような気持ちになり「家の周囲全体を設計させてください。朝起きるのが楽しみなるような、家に帰ってくるのが楽しみになるようなご提案します」と話して帰ってきました。
そんな経緯でできあがったプランがこれ。
そして出幅80センチの庭のビフォー&アフターです。
Before
After
設計しながら「庭が狭いなら部屋を庭にすればいい」とひらめき、とにかくカーテンを、気候のいい時期はサッシも開けておきたくなることと、風を感じ、植物を楽しんで暮らすようになることをイメージして組み立てました。
完成後に担当スタッフ共々お招きいただき、庭となったリビングでティータイム。
マーロウは「またひとつ、根拠が増えた」と、出会いの時と同じくボガート張りに微笑んだのでありました。
庭の夜風に乗って「ねえねえあんた、調子こくのはいいけどボギーはやめてちょうだい、わたしのジュリーに失礼だから」と女房の声が。こだまでしょうか、はたまた恐妻家に顕著な幻聴か。
ボギー、ボギー、あんたの時代はよかった。男がピカピカのキザでいられた(あ、お若い方には1ミリもわからないと思われますが)。