8回目の3月11日です。やれやれ、と、途方に暮れています。夜中に目が覚め、少し迷ってから録画してあった「被災者のその後」みたいな番組を再生したら、ああ、もう・・・。庭の書斎に出たらバシャバシャと雨。365日の内、1日だけは途方に暮れるしかない日があり、当たり前ですけどそれはぼくだけではなく、むやみに早く目覚めてしまい、今、この雨音に打たれている人が、きっと何万人か。
昨年はどうだったんだろうと辿ってみたら、やはりそうでした。何を考え、どう考え、一体全体何をしたらいいのかと途方に暮れた頭を雑巾絞りして、滴った言葉を、一応の体裁を整えて書いている。解なし、つまりは進歩なしのような、あるいは進む必要のない、むやみに進んではならない課題なのかもしれないと、今更ながら、これは自分の課題なんだと、やはり堂々巡りで途方に暮れてしまうばかり。いやはや。
又吉先生によれば、宮沢賢治は「幸いとは何か」という問いに、「わからない」とだけ答えることにしていたそうな。カンパネルラにそう言わせている。 だったらぼくもわからない、としていいのではないかと逃げを打つことにして、途方に暮れながら昨年の文章と写真を、「7年」を「8年」にしてそのまま綴ります。