世の中には表現欲がある人と無い人の2種類がいる。これは私の持論です。入社希望者の面接でもこの点の見きわめをしています。クリエイティブな作業も多い仕事なのでこの見きわめを誤ると後々本人が苦しむことになるからです。でも決して表現欲がある人だけを採用しているということではなくって、社内での役割や仕事をマスターするまでのプロセスが違ってくるということからです。ここで誤解の無いように付け加えますが、表現欲があるから優れているということではありません。逆に表現欲が強いことで社会に適応できないということもあります。そんなやっかいな欲求なのです。
表現欲とは。最初にこの単語に出会ったのは20年前、当時私の憧れのウインドサーファーだったピーター・カブリナという人のインタビュー記事に「風が吹いたら海でウインド、風のない日は部屋で木彫りをやっている。僕にとってはどちらも同じ、どちらもただ表現欲を満たすための行為なのだ」というのがあって、えらくカッコイイと感激し、同時に救われた気がしました。というのは、この言葉に出会うまで“ 表現欲 ”は自分の中で消すことのできない不自由な欲求、追い出しても次々生まれてくるモンスターだったからです。来る日も来る日も絵を描いたり写真を焼きつけたり粘土をこねまわしたり、はたまた作曲してコンサートで歌ったり、そんな少年・青年期で、家業が忙しく商売をやっていたので私のそんな日々はただの道楽、なまけ者の役立たずだったわけです。でも本人としては何かそういったことをしていないとつまらないというか、自分を保てないような気がして・・・。ついに劣等感にすらなっていたそんな欲求を“ 表現欲 ”という言葉で肯定的に示してくれたピーターのインタビュー、その時から世界が一変したのを覚えています。実は次男のコオ(小3)が勉強嫌いで、というかもうすっかりついて行けてないようなのですが、部屋でひたすら絵を描いています。経験上それでOK!なので「コオいいぞ!夢中で描けよ!勉強なんかするんじゃないぞ~」と言うと「デへへ・・・」とはにかんで笑っています。将来楽しみなのです。
そんな“ 表現欲 ”もまた、プラス域でのみ有効に働くのです。マイナス域でこいつが蠢き始めるとやっかいで、美大や音大を出て就職もしないでパラサイトしながら自己満足だけの創作活動をして引きこもっている人は山ほどいますし、でもまあそれは立派な方で、社会的に少し追い込まれて表現欲が消え失せたら、自分には自信を持てるものが何もなかった、実は現実逃避で延々と絵や音楽をやっていた、そんなタイプの人もいます。またここ十数年は、マイナス域での表現欲を肯定するサンクチュアリともいうべきコミケの人気によって、オタクが大量増殖しています。おっと、いつもの悪いクセで話がそれまくりなので修正して、この扱いが厄介な表現欲が、プラス域で“ 美しい暮らし ”を目差した時には強大な力を発揮するのです。これはおそらく美しく暮らすために不可欠な要素なのです。なぜなら、いままで出会った庭をいい感じに楽しんでいる奥様方は、ひとりも例外なく表現欲過多なタイプだったからです。庭だけではなくて、リビングや服装や料理まで、こだわって、吟味して組み立てた作品になっています。
では表現欲を持たないタイプの人はどうしたらいいのか、美しい生活は無理なのか、そんなことはありません。面白いもので、夫婦が両方とも表現欲を持っていないというケースはごくごく稀なのです。もしご自分が表現欲に振り回されて苦労した経験が無い、そういった欲求を感じたことが無いという場合は、ご家族をプラス域に導くことを心掛けて下さい。みんなでプラス域で楽しく暮らしていたら、自然と誰かしらのクリエイティビティーが発揮されるものです。それを待ちましょう。
まとめます。美しい生活を実現するにはまずマイナス域から脱出して、そこに逆戻りしないことを意識しながら生活することです。そして次に“ 表現欲 ”を活性化させて徹底的に楽しむことです。その結果として生活は美しくなるのです。で、自分には表現力が無さそうだという方は、それがある人に楽しみを提供してあげればいいのです。実はそれが一番賢いやり方なのかもしれません。「さすがにセンスいいわねえ」とか「ワ-ッステキー!」と言いながら自分では何もしないで美しい生活を実現するのです。よろこび上手、乗せ上手は確実に得をしますよね。
今回このことを考えるきっかけをいただいた前田さんの奥様は、もちろん筋金入りの表現欲旺盛奥様で、しかも何があろうと家庭・家族をマイナス域に落さないという強さ(優しさと賢さかな)と愛情を強く感じさせる方です。そして余談ですが、こちらのご主人は最近某大手企業(今企業イメージは日本一高いと思います)のトップに就任されたそうです。もちろんご主人(スマートで爽やかなスポーツマンタイプの・・・でもこてこての関西人です)の努力と才能によってのことでしょうが、客観的には「奥様の力かなあ」そう思わせるほど美しくて素敵なお宅と奥様なのです。
さあ、表現欲を持っている人も持っていない人も、美しい生活を目差してがんばりましょう!