初対面の瞬間から、打合せ、プランニング、そして庭が完成するまで、その奥様はいつもすばらしい笑顔で私やスタッフと接してくださいました。私の仕事が溜まりに溜まっていて、えらく時間がかかることに加えて、プランも施工も奥様とじっくり検討しながら細部の変更を繰り返した現場だったので、半年以上の長いお付き合い。その間奥様にお会いするのが楽しみで楽しみで。瞬時にして相手の顔をほころばせて、気分も明るくしてくれるはじけるような笑顔。うれしい出会いでした。
高橋さんのお宅の娘さんが自宅療養中で、そのリハビリの看護婦さんが以前うちで庭をやらせていただいたお客様でして、その方のご紹介で知り合いました。
庭は十数年経過したオーソドックスなスタイルのものをイメージ一新したいというご要望です。
娘さんのこともあって、庭のリフォームをきっかけにして生活をリフレッシュしたいのだろうなあ、そんなこと思いながら打合せを重ねました。私の一番の提案としては『過ごす庭』です。いつものコンセプトですけど、今回は特に「娘さんも一緒に庭で過ごしていただきたい」という思いが強くありました。
Plan A
リビングから段差なく出られるテラスと、ご要望として芝生に手入れが大変だということがありましたので、テラス以外のスペースは自然石の乱張りで埋めつつガーデニングを楽しめるようにしました。最近やった家のリフォームで奥様が出窓にこだわった(出窓からの風景が額縁に飾った絵のように見える窓枠です)そうで、室内からのフォーカルポイントになるように出窓のセンターに合わせて円形を入れました。あと、和室前に壁を立てました。これは来訪者から丸見えでくつろげないということでそうしました。
これをもとにして検討打合せを重ねて出来上がったのが次のPlan Bです。
Plan B
明日からビフォー・アフターをご覧いただきます。
すばらしい笑顔の奥様、なかなか細部にこだわる方でして、しかもセンスがいい。着工後もあちこち変更がありましたので提案図とは違うところもありますけど、笑顔の力ですねえ、設計変更を繰り返しながら私もどんどん楽しい気分になってきて、結局私と奥様のコラボによる設計の庭になりました。
今回はビフォーを入念に撮影したので、ちょっとくどいかもしれませんけどじっくりとご覧いただきます。いつもビフォーアフターやりながら「実際に現地で見てもらえたらもっといいのになあ」という思いがありまして、そんなわけで刻むようにじっくりと。
まずは庭の入口から。
Before 1
After 1
庭に入っていきましょう。
Before 2
After 2
角度を変えて、
Before 3
After 3
さらに進んで、
Before 4
After 4
振り返って、
Before 5
After 5
角度を変えて、
Before 6
After 6
きのうの続きです。
テラスの上まで後ずさりして、
Before 7
After 7
さらにさがって、
Before 8
After 8
左に角度を変えて、
Before 9
After 9
庭の一番奥までさがって、
Before 10
After 10
以上。
いやあ、ビフォーからアフターへ、実際はそこに一ヶ月の時間があるわけで、けっこう乗りの長い作業で大変なんですけど、こうして並べるとやっぱり楽しい。これはやめられません。
明日から各エリアの解説に入ります。
和室の目隠し用に建てた塀と同じ塗装(ジョリパット)を既存の門塀とフェンスの基礎ブロックにも施しました。これは工事途中に出た奥様からの追加で、さらにアルミ鋳物の門扉も建物の木部と同じ焦げ茶に塗って、道路から観ると全体的に建物との一体感が生まれました。
門扉を開けた正面に『ウェルカムスペース』。壁と壁の隙間の奥に壁を重ねることで歓迎の花鉢を置くスペースと、来訪者への最初の見せ場をつくりました。これも奥様のアイデア。
目隠し壁全体を外から、
そして内側からはこうです。
庭が暗くならないことと風通しを考えて壁にスリットを入れていますけど、これもまたまた奥様のアイデアで、奥様から出た何通りかのイメージを現地でスケッチ描きながらあれこれと検討し、そしてこうなりました。
私だけでは思い浮かばなかったであろうこの形。目隠し効果は十分のままで日当り風通しは良好です。形的にもリズム感というか軽やかさがあっていいと思うんですけど、いかがでしょうか。
壁を背景として美しく光を受けている月桂樹の根元に、消炭色の焼き物が置いてありました。奥様がこれと同じ色の植木鉢を多数コレクションされていて、後日出てきますけどそれらが庭に点在していて、いい感じに庭にモダン和風テイストを醸し出しています。
和室前と奥のテラスの間、庭の中央部分がガーデニングエリアです。プランでは地面は石張りや延べ団だったんですけど、少し力を抜いて徐々に草花で埋めていこうということで、既存の平板を並べ替えるだけになりました。リフォーム前の全体的に芝生の時は「手入れが大変」という気持が先行していて、できるだけ土の面積を少なくしたいというご要望だったのが、おそらくプランを検討するうちにガーデニングへの意欲が膨らんだのでしょう。うれしい変更でした。
庭に入ってすぐのところにベンチがあります。この手のベンチは木が腐って壊れやすいものなんですけど、丁寧に何度か塗装されているようで、ずいぶんと長持ちしているようです。庭のアクセントになっています。
リビングの出窓の前に、これももともと庭で使っていた円形の大型プランターを配置しました。位置は奥様の感覚で決めていただいて、さらに、室内からいつも間近に花を眺めていたいということから、コンクリートの桝を台にして、高く持ち上げました。自宅療養中の娘さんはリビングにベッドを置いて過ごしていて、そこからいつも花が見えるようにという思いもあってのことでしょう。
テラスからの全景です。夏までには土が見えなくなるほど草花で被われることと思います。楽しみです。
リビングで奥様とプランの打合せ中に、何の木を植えようかという話になりまして、そのときにベッドから娘さんがニコッと笑って「ジューンベリーを私がプレゼントしてあげる」。庭は奥さまのご希望をもとに計画が進んでいて、娘さんとしては嬉々としてあれこれ庭のことを考えているお母さんの様子がうれしかったんだと思います。時々お母さんをたしなめることもあるというしっかり者の娘さんからのうれしいプレゼントでした。
これがそのジューンベリーです。
今回のメインであるリビング前のテラスです。いろんなアングルでご覧下さい。
明るいでしょう。
さあ、ここで何をして過ごしましょうか。
いつものパターンの囲炉裏がないと、自由度が増して、こいうのもいいなあと。
壁の四角い穴は奥様のご希望で空けました。ほんとセンスいいですよ。完成して、つくづくそう思いました。
家事や庭仕事の合間に一息ついたり、ご家族やお友達との楽しい時間や、ここでどんなシーンが展開されるのか、上空から眺めていたいような気持になりました。
庭のメイン、明るいテラスを演出しているあれこれを。
壁の裏側を通り抜けられるようになっていて、そこに誘導するように奥様のコレクションである消炭色の丸い鉢がレイアウトされています。
植えていない鉢はひっくり返してオブジェとして。酒びんもいい感じです。
奥様がこだわった明かり窓にわ白い磁気の平鉢に冬の花がアレンジしてありました。
外からの眺めはこうです。出窓の前の円形プランターと相まって、いい感じに風景をつくっています。「もしこの窓がなかったら」とイメージしてみてください。ねっ、いいでしょ、これ。
最初奥様からこの窓のはなしが出た時点では、私にはこの出来上がりの感じがイメージできませんでした。「施工的にどうかなあ」とか「デザイン的ににぎやかになりすぎるかもしれませんよ」などと言って軽く抵抗したんですけど、こうして完成してみると、何でこれがイメージできなかったのかと反省しました。絶対にこの方がいい。
ですから庭をプラン中のお客樣方、私が抵抗してもがんばってイメージを伝えてくださいね。コラボしましょ、その方がいい庭になりますから。
照明器具の提案はいつものマリンライトでした。これも奥様によって却下。もっとレトロな、やや和風な器具が欲しいということで、探しに探しましたが気に入ったものが見つからず、マリンライトの『古色』という器具の金物の上部を切断して使うことになりました。それがこれ。
こだわって、探しまわって、あきらめないで、加工して、高橋家オリジナルの照明器具になりました。
半円形の壁のセンターに燭台をぶら下げてありました。風の穏やかな日にはここに明かりがともる。さっきの和風レトロなオリジナルの照明とこのキャンドルライト、上空にはまあるい月、いい感じです。
いつものシエスタベンチと大きめのテーブル。このテーブルはリフォーム前に縁側として使っていた物をベンチと同じ塗装をして仕上げました。足を切ってローテーブルにしたのも奥様のセンス、テーブルを低くすることでリビングっぽいくつろぎ感が出ました。
工事で余ったタイルをテーブルの上に並べて、小さい鉢植えとドライフラワー。おしゃれなリビング雑誌に出てきそうな夢のような小風景。
で、最後に夢から覚めていただいて、テラスの脇にアイアンウッドで柱を立てて物干金具を取付けてあります。日当り風通し抜群のこの場所で洗濯物を干し放題です。平日の昼間は洗濯物だらけで、それが乾いたら取り込んで、テラスでたたんで、アイロンがけも庭でやる。そんなシーンをイメージして提案しました。
この金具は竿を外して下に折り畳むとほとんど意識に入らなくなって、庭から生活感が消えます。アルミの物干台だとそうはいかないんですよねえ。
洗濯も楽しんで、リゾート感も楽しんで、そうやって表情を変えることができる庭、これもデザインするときのポイントなのです。
私は葉牡丹をこんなにすてきに使っているのを見たのは初めてでした。撮影しながら奥様にそう言うと「バラみたいでいいでしょ」といつもの満面の笑み。
この庭をブログでご紹介しようかどうか、ずいぶん迷いました。そしてこのことも。
工事が8割くらい進んだ頃にスタッフから「高橋さんちの娘さんが亡くなったそうです」という連絡が入って、えっ・・・言葉が出ないまま、私はただ呆然としながら、そして、今こうして書いていてもそうなんですが、涙が止まりませんでした。
うちに設計依頼された後に、旭区の『レノンの庭』にタクシーで来られたそうで、私は留守にしていたんですけど、奥さんと、車いすに乗った娘さんが店の庭と店内をつぶさにご覧になっていたということを後でスタッフに聞きました。外出も大変な状態でのご来店、そしてその店に貼ってある写真や図面を見てうちへの施工依頼を決めてくださったそうです。
庭の完成を見ずに逝ってしまった娘さんに「ごめんなさいね、仕事が遅くて」と何度も何度もそう思って、それと奥様にも。
世の中に子供に先立たれること以上の悲しみはありません。奥様やご家族にかける言葉もなく、庭の完成が間に合わなかったことの無念さ、申し訳なさでいっぱいになりながら数日を過ごし、そして庭が完成して、花を持って、娘さんにお詫びを言いに伺いました。家の前にクルマを止めると、ちょうどお出かけになるところだった奥様に出くわして「わあ、いわふちさん来てくださったのお!」といつものはじけるような笑顔で迎えてくださって、少し、気持が楽になりました。
私の中に「奥さんにとって、この庭が悲しい思い出の場所になるかもしれないなあ」という危惧もあったんです。もしそうなったら辛すぎるから全く違う庭にまたつくり替えよう、そう思っていました。でも奥様が「庭が完成して新年早々に植木鉢を買いにいったのよ、いいでしょうこれ」とはしゃいでくれて、春になったら植えたい植物のことなんかもあれこれと話してくださって、「庭をお願いしてよかった」と言ってくださったので、ほっとしました。
リビングでコーヒーをごちそうになりながら、娘さんの話題になったとき、いつもすばらしい笑顔の奥様が、その笑顔のままで大粒の涙をぽろぽろこぼしながら「辛いわよ・・・」と。庭のこと、娘さんのこと、数時間、いろんな話をして帰ってきました。私としてはどうしたら奥様の辛さを和らげることができるかとそのことばかりを考えていましたけど、そんなことできるはずもなくかえってこちらが励まされるような感じで、情けなかったです。
10年ほど前、私がいろいろあって辛かった時期に、美大生のアルバイトだった小針くんという青年が「いわふちさん、神様は乗り越えられない試練は与えないんですよ。今は辛いけど、必ず乗り越えられますよ」と言ってくれたこと。それと同じ時期に青木さんというお客様が「その辛さは代償の先払いですよ。そんなに支払ったんだから後で何倍もいいことが待っていますよ」と励ましてくれたこと。私が経験した苦難の乗り越えかたを精一杯並べて、でも奥様の涙を止めることはできませんでした。あたりまえですよね。
こういうこともあります。いろんなことがおこりますよ。ああすればよかった、こうすればよかった。私の力が足りなくて、大事な人を助けてあげられなかったこともありました。「ごめんね、ごめんね」と何万回もあやまりながら「一生懸命仕事して、力蓄えて、今度は絶対に助けてあげるから」、そう心に誓ったこともありました。
辛い出来事っていきなりやってきて、何もかも破壊しそうな勢いで暴れまくります。泣こうがわめこうが容赦なく痛めつけられます。そしてそういうことというのは、たぶん全ての人に訪れる試練なんですよね。人生がそういうものだってこと、学校じゃ教えてくれなかったし、その乗り越えかたも教えてはくれませんでした。そういう場に直面した時に初めて試されることで、その人の根本的な力によってしかそれを乗りきることはできなのだと思っています。きついことですけど、でもそうなんです。ただ、そういう時に、友人と親兄弟からの言葉がとても有り難かった。私はその言葉を紙に書いて部屋に貼りまくって、それを読みながらひたすら辛さ耐えました。私を思ってくれる人たちの、そういう言葉があったから耐えることができたんだと思っています。奥様に私の言葉がほんの1ミリでも役に立てたのか、かすかにでもそうだっらいいんですけど、それはともかく、頑張って、乗り越えてもらいたいと願っています。
高橋さん、ごめんなさいね。明日もう一日だけ、娘さんのこと書かせてください。
庭の完成を見ずに逝ってしまった娘さんのこと、私は一生忘れません。そしてこの庭の写真もお店に貼ってたくさんの人たちにご覧いただきます。ずっとずっと、グレースランドが続く限り。そして一生懸命に『家族を幸せにする庭』をつくり続けます。
この娘さんからお母さんへのプレゼント、ジューンベリー。あと2ヶ月で花が咲きます。
春が来て、梅雨が来て、蝉が鳴くころには大汗かきながらの手入れも必要ですけど、お盆の頃にはこの庭いっぱいに花咲き乱れていることでしょう。
花に囲まれたこの明るいテラスなら、笑顔があふれて話がはずんで、来年再来年と、もっともっと味わいを深めていい感じになっていきます。楽しい記憶が積み重なっていく分魅力を増していく、それが庭の力なんです。
奥様の強さのおかげで、この庭は『悲しい場所』にならずにすみそうです。あのすばらしい笑顔でがんばってほしい。そして私も頑張ります。
「高橋さん、ありがとうございました。庭のこと、何かあったら声かけてくださいね。遅くなりましたけど写真をお届けします。もうすぐ春です、いいことが山のようにやってきますよ。あきれるほど花いっぱいの庭になる日を楽しみにしています」
今日はうちの娘の受験日です。昨夜から妙な緊張感が家中に漂っていて、いつも通りの会話をしつつも内心「がんばれ~!」を繰り返しています。私も頑張る。娘も頑張る。頑張れるって有り難いことですよね。頑張りましょうよ。さっ、今日も張り切っていきましょう!